依存すると抜け出せなくなるもの

依存すると抜け出せなくなるもの

仕事が終わってからネットでチャット会話。気がついたら朝。なんていう流れが最近多くなってきてちょっと困ってます。実りのない会話をしているわけでは無いので、完全に無駄ではないのですが、夜通し会話というのは体に良くないですよね。

もともとチャットをするような性格ではなかったのですが、電話料金や直接会う手間を省くために、次第に行なうようになりました。今では仕事の打ち合わせも、プライベートな付き合いも、ほとんどネットを介して行なっています。

非常に便利なんですけども、やっぱり時間の概念がずれてしまいますね。電話や会って交流であれば、時間を結構気にするんですよ。でも、ネット上だと手軽すぎて、「もうちょっと大丈夫だろう」という気持ちが互いに生じてダラダラしがちです。そうなってしまえば、先ほど実りのない会話はしていないと言いましたがそうでは無くなってきてしまうこともあります。

ここはひとつ、スッパリとチャットをやめたほうがいいのかなと思うも、いつもやめられずにいます。人間というのは便利なものを知ってしまうとなかなかそれから抜け出せない生き物ですから……

抜け出せなくとなるといえば、学生時代に携帯電話のiモードの使い込みが抜け出せなくなりそうで怖くなったことがありました。

私が携帯電話を本格的に使用し始めたのは高校生1年生のときだったのですが、パケット代定額なんてものはありませんでした(たしか)。ですから、メールやらゲームやらで大量のパケットがかかってしまい、請求額が1万円(パケット通信料のみで)になってしまいました。

1万円くらいなんだと言うヘビーユーザーもいらっしゃるとは思いますが、私にとっては腰砕けになるのに十分な額でした。その次の月は、気をつけようと思うものの、案の定抜け出せずに同じく1万円の請求でした。

さすがにこのままだとまずいと思いました。料金は自分のアルバイト代から払ってはいましたが、親にも何を言われるか分かりませんでしたから。抜け出すためにも、しばらく携帯電話を封印しました。

とりあえず次の月からは一切携帯電話を使用しませんでした。着信には応じましたが、折り返しする時は家の電話から行ないました。メールもこちらからは送らず、返信のみを心がけました。文章も簡素です。これを3ヶ月続けたら、携帯電話の便利機能なんかは見向きもしなくなり、依存から抜けられました。

今抱えているチャット依存も、3ヶ月くらい我慢すれば抜けられる気がします。でも、お金が特にかからないので、抜け出すのはもっと大変な気がします。気に甘えが生じてしまいますからね。どうせ無料だしといった具合に。

スパーダ/ステップワゴンスパーダ

子どものしつけ

「地獄絵」を見せて子どもを躾けるという記事が新聞にのっていました。なんでも江戸時代の地獄絵の本らしいのですが、この本が実は今、売れに売れているというのです。

子どもに「悪いことをすると地獄に堕ちるよ、ほら地獄ってこんなんだよ」と見せたら幼い子なら泣き出すであろうほどのリアルなイメージの地獄絵です。

読みながら「そういう怖さで子どもを圧迫して言うことをきかせるってどうなのよ」とひとり憤慨していました。

でもちょっと冷静になって、今度は赤面しました。だって考えてみれば自分もさんざん使ってきた方法ではありませんか。

よくないとわかっていつつ、よく使ったのが「おまわりさん」ですね。

子どもが悪いことをすると「おまわりさんに連れていかれるよ」と脅し、パトカーのサイレンが聞こえたのをいいことに「あ、おまわりさんだ、ちゃんとお片づけしないからおまわりさんが来た」などとついつい口にしていたような。

わかりやすいんですよね。おまわりさんはどろぼうを捕まえるイコールお巡りさんは悪い人をつかまえる、子どもにもすんなりとメージできるからか、そう言うとあわてて片付けはじめたりしてました。幼稚園ぐらいまでは効果抜群だったせいで、本当のおまわりさんには大変申し訳ないけど便利に使わせてもらいました……。

ということを思い出してみれば、地獄絵見せての躾に偉そうな反論もできません。

育児書でも有名な教育者でも「恐怖で子どもをコントロールしても無駄だ」と主張してます。確かにそうでしょう。なぜ悪いのかを理解してやめないことには本当の意味でやめることにはならず、それならば恐怖の度合いが低くなったらまたやりはじめてしまう可能性が残るということですよね。

十分、理解してます。理解してますが、だけどできないものです。子どもの悪さやいたずらは日々あることで、またこちらが余裕のない時に限ってやるものです。

そんなときに子どもを抱きとめ、目を見て、ひとつずついけない理由を説き聞かせることなんざ、とてもとてもできません。

ところで、私がひとつ育児の間に聞いてすごく頼りにしていた言葉があります。

「子どもはね、親が完全でないのを見ながら世の中の理不尽なことを知っていくのよ」

そう。

完璧ではない親の側で育ちながら、完璧な人生などあろうはずもなく、その中で精一杯生きていかねばならぬことを子どもは覚えていくということです。

それを言い訳にしていいかは別としても(笑)

まぁなるたけ、脅しではなく、笑顔で子どもを育てたいものですね。